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2015年12月

雑誌『歴史群像』2015年2月号(No.129)読了

「雑誌『歴史群像』2015年2月号(No.129)」を読みました。

この号の特集は以下の通り。
第1特集「『加賀』出撃す」
第2特集「大坂の陣へのカウントダウン」
第3特集「リヒトホーフェン」

今回の特集は今一つ不作な印象です。唯一感心したのは、リヒトホーフェンがオーガナイザーとして有能であった、ということを知ることができたことくらいでしょうか。

他 の記事では「琉球戦国史」がおもしろかったですね。これは私自身、あまり知らないネタだったために、知的好奇心としておもしろかったという要素が大きいで すが、沖縄の歴史の独自性を改めて認識しました。日本人の多くは沖縄の歴史を知らないと思いますが、一方で沖縄では京都、江戸を中心とした「日本史」は自 分たちの歴史として認識されているのでしょうか。もちろん日本各地でも郷土史として地元の歴史を知る機会は多いのですが、沖縄の歴史は郷土史として扱うに は独自性があまりにも高いものです。これを機に、沖縄の歴史をより詳細に勉強してみたいと思わされました。

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雑誌『歴史群像』2014年12月号(No.128)読了

「雑誌『歴史群像』2014年12月号(No.128)」を読みました。

この号の特集は以下の通り。
第1特集「ソ連軍冬季大反攻 1941~1942」
第2特集「島津氏の朝鮮出兵」
第3特集「中越戦争」

特集で一番面白かったのは「中越戦争」ですね。「中越」は中国とベトナムの二カ国を指します。この両国は有史以来幾度となく交戦していますが、一般的に「中越戦争」と言えば1979年の2月から3月にかけて両国間で生じた戦争のことで、本記事もこの戦争を取り扱っています。昨今の日本の風潮から言えば、中国憎しの感情から、「大国」である中国と「小国」ベトナムとの対比、そして中国から仕掛けておいて負けて帰ったという展開をおもしろおかしくと取り上げそうなところです。ところが、本記事ではベトナムの小中華思想からのカンボジア侵攻や、したたかに中ソ対立を利用する姿なども取り上げ、安易な善悪二元論ではない良い記事になっています。この姿勢により、かえってベトナムの戦略の凄味が感じられます。

「島津氏の朝鮮出兵」も興味深く読めました。戦国時代は室町以来の権威が崩壊し、大名当主と臣下が一丸となって戦えるような君臣間の隔たりの小さい大名の方が生き残る傾向にあり、それが為に大名当主と臣下との間に絶対的な服属の関係は存在していませんでした。それが豊臣政権による全国統一の過程で、大名当主は上に豊臣公儀を頂く中間管理職的な立場に変化しました。このため、大名当主は上からの指示を臣下に強要する必要に迫られることとなります。絶対的服属関係に無い他者に対して、上からの指示を強要することは容易なことではなく、島津家に限らず豊臣家に服した旧族大名家は多かれ少なかれこの種の障害に苦しんでいます。この記事では島津家における「この種の障害」の具体例が描かれており、その点において勉強になります。

他に面白かったのは「真説 大野治長」ですね。確かに、10万とも言われる浪人衆を自壊させることなくまとめあげ、敗れたとは言え決戦にまで持ち込んだ手腕は評価されても良いようには思います。ただ、片桐且元が大坂城を退去して以降、大野治長が大坂方の実質的な指揮を執っていたことを示す一次史料は記事中に示されておらず、その点は著者の推論にすぎないようにも見えます。しかし推論であったとしても、その前後の大坂方の行動との間に矛盾は特になく、非常に興味深い推論であると言えるでしょう。

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