雑誌『歴史群像』2010年10月号(No.103)読了
「雑誌『歴史群像』2010年10月号(No.103)」を読みました。
この号の特集は以下の通り。
第1特集「南太平洋海戦」
第2特集「河越夜戦」
第3特集「鴨緑江会戦」
「南太平洋海戦」で面白かったのは、記事終盤で述べられる「日本陸軍の硬直した作戦指導」に関して日本陸軍が自覚していたという話です。曰く、一木支隊投入時に陸軍軍務局内で「軍旗を奉ずる一木支隊の戦闘加入は、今後の作戦指導をいちじるしく硬直化させるのではないか。」との懸念意見が出されていたとのことです。「天皇の軍隊」である日本陸軍にとって、天皇から授与された連隊旗を奉じて進出したならば、もう退けないのです。それがガダルカナルの敗因だと分析されています。
もちろん、日本軍が柔軟な思考の持ち主であったとしても国力に隔絶した差のあるアメリカに勝てる望みは全くないのですが、ガダルカナルという局地戦に限定するならば良い分析だと思います。と同時に、その敗因のくだらなさに本心より呆れてしまいます。しかし、これに似た話なら今でも身近に聞くことがあると思います。「このプロジェクトは社長直轄だから失敗できない」みたいな理由で、社員の私生活やさらには健康すら犠牲にして「とにかくやれ」という死のプロジェクトは、そこらじゅうにあるように思います。権威主義的な体質は組織を殺します。「エラい」人たちにはそのあたりをよく理解してほしいものです。
「河越夜戦」は、史料の少ないことで有名な戦い。本記事は大胆な推測で、かなり妥当性が高いと思われるストーリーを組み立てています。おもしろくはありますし、妥当性が高いであろうことには私も同意しますが、推論の多いこともまた確かで、人によっては意見が分かれるかもしれません。
他には、「ニカラグア内戦」の記事はテロとは何かを考えさせられるものです。最近の国際社会はテロ撲滅を高々と掲げています。一般的には反政府の非合法行為をテロと呼ぶようですが、政府が「腐っている」国家というのは今でも多くあり、先日亡くなった南アフリカのネルソン・マンデラ氏もその活動期間の大部分をテロリストとして扱われていました。冷戦時代にはアメリカ側もソ連側も多かれ少なかれ問題を抱えていました。今でも、「アメリカの価値観」に苦しめられる国々は少なくはありません。特に中東にはアメリカの石油戦略とイスラエル戦略により苦しんでいる人々が多数存在します。その「アメリカの価値観」にどっぷり浸かっている日本が、そのような国々に住む人々の恨みを買うことが無いとは言い切れません。そのとき、彼らをテロリストと断定することが正しいでしょうか。
もちろん、平和的手段で不満を訴えるべきだ、との意見は正論ですが、しかし「多数決」の名の下にマイノリティを合法的に圧殺するシステムの中で、合法的に不満を訴えることは簡単ではありません。貧困の中で明日の生活もままならない人々に、そのような長期的な戦いを強要することが正義でしょうか。
とは言いながら、私も「では、どうすればよいのか」の答えは持っていません。ただ、テロ事件のあるたびに、一方的にテロリストを非難する論調に違和感を覚えることは確かです。少なくとも、多くの人が「テロリスト=悪」の構図を無批判に信じているのであれば、この問題の解決は遠いのであろうと思います。
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