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2013年10月

雑誌『歴史群像』2010年6月号(No.101)読了

「雑誌『歴史群像』2010年6月号(No.101)」を読みました。

この号の特集は以下の通り。
第1特集「バグラチオン作戦」
第2特集「続 関ヶ原 島津退き口」
第3特集「漢王朝中興の祖 光武帝」

注目は第3特集の光武帝でしょう。本記事の著者が「日本での知名度の低さはどうしたことだろう。」と嘆く通り、光武帝に関する情報を入手するのが困難であることは確かです。かく言う学研自身の赤本「歴史群像」シリーズにも、三国志や楚漢戦争の巻はありますが、光武帝に触れる巻はありません。

光武帝こと劉秀は一般的に、漢の宗室の一員で王莽により簒奪された漢(前漢)を再興した後漢初代の皇帝、との説明がなされ、そこに間違いは確かにありません。しかし、「漢の宗室」とは言いながら、前漢景帝からは6代目の子孫にあたり、その実態は地方の中級豪族に過ぎない実力しか持っていませんでした。その彼が新滅亡後の混乱した前漢旧領を再統一していく過程は、かなり面白い成功物語です。著者の言う通り楚漢や三国志に匹敵するような紆余曲折、権謀術数がちりばめられて、読み物としても十分耐えられそうな要素を持っています。筆力のある作家が取り上げたりすることがあれば、光武帝がもっと注目を集める日が来ることも現実的に十分あり得そうに感じられました。

バグラチオンは特に目新しい話題はありませんが、最高指導者あるいは最高責任者などと呼ばれる組織のトップの意志に対して隅々まで隷属した「遊び」のない組織には未来がないという話。島津は関ヶ原後の撤退戦の後半戦、大坂から薩摩までの道程に注目した記事で、比較的マイナーな話題だと思われますのでご存じない方にはお奨めです。

100号を越えたことによるものか、Book Reviewやイベントカレンダーの構成が若干変わっていますし、「近代軍事学の道標」という新シリーズが立ち上げられたりしています。このシリーズは今後が楽しみですね。

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雑誌『歴史群像』2010年4月号(No.100)読了

「雑誌『歴史群像』2010年4月号(No.100)」を読みました。

100号記念ということでノルマンディー上陸作戦の特集が組まれています。
第1特集「THE D-DAY」
第2特集「[検証]オーヴァーロード作戦」
第3特集「終戦1年前のチェックメイト」

特集の中では第3特集が興味深いものでした。
ルーズベルトの持ち出した「無条件降伏」がアメリカ南北戦争に由来するものだということは、不勉強にして知りませんでした。ただ、おそらく当時のドイツ、日本の指導者もこれが南北戦争に由来することを知らなかったようで、両国とも明らかにルーズベルトの意図を読み誤り、戦争継続の方向に政策を誘導することとなってしまいました。

ルーズベルトがこの分かりにくい「無条件降伏」を持ち出した要因は国内事情にあったわけですが、しかし戦争を終結させるためには憎しみの連鎖を断ち切らねばならないこと、しかもその連鎖を過剰に煽った政府自身によるプロパガンダの尻拭いもしなければならないことを思えば大きな影響力を行使する必要があり、大きな影響力を手に入れるためには国内事情に配慮した政策を採らざるを得ないことになります。

「国内事情を優先して戦争終結を遅らせた」とルーズベルトを非難することは簡単ですが、政治家が自国の事情を優先するのは当然のことです。だからこそ外交交渉においてはしばしば第3国による仲介が重要な意味を持つことがあるのです。

あとは「『朝鮮出兵』渡海作戦」が面白かったですね。一般的に朝鮮出兵は制海権を失って海上補給線を脅かされたことにより失敗した、と言われていますが、実際には制海権を失ってはいなかった、と主張しています。確かに朝鮮が日本水軍を破り制海権を確保する上で最大の貢献を果たしたとされる李舜臣自身が海戦で戦死しており、朝鮮水軍にとっても海上は決して安全ではなかったとは言えるかもしれません。面白い説でした。

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