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2012年7月

太平洋戦争⑤読了

歴史群像シリーズ「決定版 太平洋戦争⑤『消耗戦』ソロモン・東部ニューギニアの死闘」を読みました。

第5巻は1942年の6月から1943年の8月ころまで、1冊で一気に1年分以上を扱います。この時期の最大の戦いはガダルカナルの戦いです。

ガダルカナル島はもともとはイギリスの保護領でしたが、ミッドウェー海戦後の1942年7月6日に日本軍が上陸、飛行場の建設を開始していました。ミッドウェーの敗北後、日本海軍は戦力の回復に努め、アメリカ軍の反撃に備えようとしていたのですが、その反撃は1943年以降と見積もっていました。しかし予想を越えて早く、8月7日にアメリカ軍が上陸、日本軍守備隊は2日で全滅。ただちに日本軍はガダルカナル島奪回に動きますが、8月21日、一木支隊全滅、9月12~14日には川口支隊の総攻撃失敗、10月24~26日には第2師団の総攻撃失敗、11月14~15日には第38師団の揚陸にほぼ失敗、以後日本軍の反撃は低調となり1943年2月1~7日にガダルカナル島を撤退。これがおおよそのガダルカナル島攻防戦のタイムラインです。

「消耗戦」とはいうものの、この期間中は日本が一方的に消耗しただけで、むしろアメリカは生産体制を整えて戦力を拡充しつつありました。このアメリカの国力はすさまじいもので、戦争中でも動員によって人的戦力を拡大した例はそれ以前にもありますが、戦争資材を戦闘による消耗を越えて生産し、物質的戦力を拡充した例は歴史上初めてのことではないでしょうか。

本書ではあまり言及されませんが、ガダルカナルの戦いではこのアメリカの攻勢を本格的反攻と認めず、陽動あるいは局地的攻勢と考えて全力での反撃に踏み切らなかった日本軍の判断ミスを指摘する議論があります。しかし実際のところ、後に中部太平洋やニューギニアからフィリピンにかけて実施されたアメリカの「本格的反攻」に比べれば、ガダルカナルへの反撃は「本格的」と形容するにはあまりにも規模が小さすぎます。私は、この攻勢を「本格的反攻」と認めなかった日本軍の判断は正しいであろうと思います。本当の問題は、この全く本格的でないアメリカの攻勢に対応するにも日本の全力を投入しなければならないほど日米の戦力差は隔絶しているのだという事実と、その事実を認めようとしない日本軍の間違った自意識ではないでしょうか。

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