太平洋戦争①読了
歴史群像シリーズ「決定版 太平洋戦争①『日米激突』への半世紀」を読みました。
第二次大戦期の日米戦争については、歴史群像シリーズではかつて「太平洋戦史シリーズ」というシリーズが刊行されており、このシリーズでは1巻から10巻までで時系列に真珠湾から敗戦までを追ったあと、大和や零戦などの兵器を取り上げていく形でかなり継続(記憶では確か50巻を越えるくらい)していました。私はこのシリーズも読んでいたのですが、初期の戦史部分から11巻以降の兵器シリーズもかなり読みました。しかし、徐々にマイナーな兵器へと記事の重点が移って行き、私自身、歴史は好きですが兵器マニアではありませんので、幻の兵器、つまり研究開発の途上で終戦を迎えるなどの理由で結局使われなかった兵器などが特集されるようになってくると興味を失ってしまいました。最終的に何巻まで刊行されたのかは把握しておりません。
で、その「太平洋戦史シリーズ」は初巻が真珠湾から始まっていたのですが、新しい本シリーズ第1巻は開戦よりさらに50年前から説き起こす、という触れ込みで登場。とはいえ、実際の記述は日露戦争あたりからですので、およそ40年前くらいからですね。日露戦争のときにはアメリカのセオドア・ルーズベルト大統領が日露講和を斡旋してくれたのですが、そのときの好意を頂点として、以後日米関係は悪化の一途を辿ることになります。
この種の本ではよくあることですが、結局のところ勝ち目のないアメリカとの戦争に突き進んでいった当時の日本人は愚かだった、という結論になるわけです。本書でも日本の戦略には一貫性がない、などと批判していますが、そもそも勝ち目のない戦いに勝とうとする戦略は奇策に頼るほかはありません。奇策というのは奇抜な策ですから、「万人が納得する奇策」などというある種のパラドックスを含む奇策が有り得るのか、ということを考えてみれば、戦略が右往左往することは必然であろうと思います。
また、南部仏印進駐がダメだとか、三国同盟がダメだとか、国際連盟脱退がダメだとか、満洲事変がダメだとか、批判は多いのですが、では当時の日本に具体的にどのような進路があり得たでしょうか。第一次大戦後に大国の仲間入りを果たしてしまった日本は、その後の世界恐慌により列強が保護貿易政策に移行していく中で取り得る策と言えば、大国の看板を下ろして他の列強の経済圏に参加するか、実力で奪うか、2つに1つくらいしかなかったのではないでしょうか。そして日本の世論としては明治維新以来の富国強兵によりようやく獲得した「1等国」の地位を捨てるようなことは、やはりありえなかったと思います。となれば戦うしかないわけです。
私は別に当時の日本が正しかった、と言いたいのではなく、失敗をあげつらって叩きまくるのは簡単ですが、ではどうすればよかったのか、というところを整理しておかないと、また未来に同じような事態に遭遇したときに、皆が心の中では「マズいな」と思いながらも絶妙な対案が出せるわけでもなく、ズルズルと悪い方向に引きずられてしまう、というようなことが繰り返されることにもなりかねないということを心配しているのです。
とはいえ、私にも絶妙な対案はないのですけど…。
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