戦国九州三国志読了
歴史群像シリーズ特別編集「戦国九州三国志」を読みました。
この本も表紙カバーは赤くありません。
九州三国志での主役は島津、大友、龍造寺。九州の戦国と言えば、以前に旧赤本のシリーズ12巻で「戦国九州軍記」が出版されています。こちらは上記の3家よりももう少し幅を広げて、大内氏、毛利氏の中国勢と、時代的に少し古い少弍氏が登場します。この本に比べると、本書は完全に上記の3家に特化した内容になっています。一応、その他大名家として松浦、大村、有馬、伊東、相良が登場するのですが、いずれも3家とどのように関わったか、という視点で記述されており、3家に対する記述内容の充実化のために引き出されているだけです。
3家の中では島津、大友は守護大名以来の血脈であり歴史も人物も深い印象ですが、龍造寺は一段劣る印象ですね。龍造寺は確かに一時期かなりの勢力を有しましたが、それは1578年の耳川の戦いから1584年の沖田畷の戦いまでの足掛け6年に過ぎず、急速な勢力拡大によって足元が覚束ず、沖田畷の一撃で一気に崩れ落ちる脆さを持っていました。元々小国人に過ぎなかったために歴史には不明な点が多く、人物も鍋島直茂を除けば、四天王などは部隊指揮官レベルでしかありません。ワンマン隆信と参謀直茂の2人以外には人物がいなかったところに、この脆さがあったのだろうと思います。また、ちょっと新鮮だったのですが、隆信の母・慶誾尼のキャラが結構強烈ですね。「ワンマン隆信」と先に記しましたが、隆信はこの母親には頭が上がらなかったそうで、マザコンというわけではないでしょうけれども隆信の意外な一面を見ました。
あと、面白かったのは島津の軍法「釣り野伏せ」の名付け親とされる軍学者徳田邕興(ようこう)の記事です。「邕」の字は本書では「口」の部分が「日」になっています。この人は江戸時代中期から後期に生きた人物で、要するに「釣り野伏せ」の名前は時代的には後付けなのですが、その軍学は江戸時代の軍学にありがちな精神主義に陥らず、机上の軍学にありがちな現実には運用不可能と思われる複雑すぎる戦術などにも走らず、戦争に勝つために必要なのは「事前準備」である、と喝破した優れた人物です。この人の「釣り野伏せ」の解説もなかなかに面白く、「釣り野伏せ」でもっとも重要な伏兵のことを「餌兵(じへい)」、つまり「餌(えさ)」だと言い切っていて、本質を突いています。
この本が出たときは、「お、地域ごとの戦国時代特集本がシリーズ化されるのか?」とちょっと期待したのですが、現時点で出版されているのはこの九州版だけです。戦国時代では、東北北部や信長以前の近畿などは歴史群像シリーズの空白地帯となっていますので、このあたりに焦点を合わせた本を出してくれるとうれしいのですが、有名どころの大名家が存在しませんので(東北北部なら南部家、安東(秋田)家?、信長以前の近畿なら細川家、三好家?どちらにしても世間的にはマイナー、細川は必ずしもマイナーではないけれども勝元、あるいは好意的に見ても政元以降はマイナー)、商業ベースでの出版は難しいのでしょうね。
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