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2010年11月

信長と織田軍団読了

新・歴史群像シリーズ第11巻「信長と織田軍団」を読みました。
戦国史研究家の谷口克広氏を中心に据えて、いわゆる方面軍団制を基本とした信長の家臣団編成が語られています。内容的に特に目新しいものがあったわけではないのですが、非常に読みやすく分かりやすくまとめてあると思います。

信長は家督継承時に一族まとめて敵に回した経緯もあり、一般の戦国大名であれば最も信頼できる家臣層である一門衆が非常に弱体です。これは信長への権力の一極集中に役立ちますが、一方でのちに秀吉に政権を奪われる際に織田家内部からの抵抗がほとんどなかったことに繋がっていきます。中国の三国時代の魏の曹氏なんかも、皇帝独裁を実現するために一族を粛清しすぎて司馬氏に簒奪を許していますが、これに似ている気がします。
また、もう一つ信長家臣団の特徴として思ったのは、これも一般の戦国大名であれば当たり前である、譜代と外様の区別がないことです。光秀や秀吉が重用されていることもその象徴ですが、美濃や畿内を平定すると投降してきた現地の国人や、打倒した大名の一族ですらも所領を安堵して家臣団に取り込んでいます。たとえば朝倉氏を打倒したあとの越前支配体制はそのほとんどが朝倉氏一門と朝倉氏旧臣で占められています(この支配体制はすぐに失敗に終わりますが)。もともと織田家が尾張の小勢力であったため領土の拡大に見合う家臣団の編成を織田家内の人材だけでは埋め合わせできなかったこともあるのでしょう。織田家内の人材がある程度育ったあと、例えば武田討伐のあとの武田氏遺領の支配に関しては信長の直臣の中から多くの武将が抜擢されています。

ただ残念に思ったのは、本能寺の変の原因の俗説である光秀の出雲・石見転封説を史実であるかのように記載している記事が含まれていたことです。ちなみに光秀の出雲・石見転封説は『明智軍記』や『絵本太閤記』などの俗書、あるいは変当時から相当の年月(100年程度)を過ぎたときに書かれた史料的価値の低い書物にのみ見られ、変当時の史料には見られないものです。このような記事を書く作家が執筆者の中に含まれていることは、「歴史群像」シリーズの評価を下げることに繋がります。非常に残念でした。

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戦国史シナリオエディタエクセルファイル(Ver1.00)リリース

戦国史シナリオエディタのうち、「大名」タブ、「城」タブ(経路除く)、「武将」タブの情報をエクセルに取り込んで編集、保存できるツールを作成いたしました。

戦国史シナリオエディタエクセルファイル(Ver1.00)

戦国史シナリオエディタに比較すればエクセルの方がセル操作機能が充実しておりますので、シナリオ作成の支援になればいいなと思います。

ReadMeにも記述させていただいておりますが、エクセルマクロの知識をお持ちの方、本ツールの改変、公開は自由とさせていただきますので機能向上が実現できる方大歓迎です。

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日露戦争シナリオVer1.0リリース

長らく時間がかかっておりました日露戦争シナリオですが、なんとか形になりましたのでリリースさせていただこうかと思います。

ダウンロード Russo-Japanese_War_Ver1.0.zip (916.6K)

本シナリオは中世ではなく近代戦争をモデルとしておりますので、少し変わったシステムを採用してみました。近代戦争においては兵士は雇うものではなく、消耗品の一部です。したがって、金で雇うのではなく、ターン毎に補充されるようなシステムにしてみました。シナリオ中に登場する拠点のいわゆる「石高」はすべて0に設定してあり、コマンドでの徴兵はできません。そのかわり兵士が消耗すると、月の変わり目にいくらか補充されるようにイベントを組んでみました。日本軍なら50、ロシア軍なら20(血の日曜日イベントの後は10)が回復されるようになっています。日本とロシアで差をつけたのは、兵站の長さの違いを表現してみようと思ったからです。(なお、回復するのは陸軍の歩兵のみです。陸軍の騎兵および海軍艦艇は回復しません。)

シナリオをスタートさせてみれば表示されるようにしていますが、本シナリオの勝利条件は敵拠点全ての制圧、ではありません。

日本の勝利条件は、

 旅順を占領すること かつ 奉天を占領すること

です。この2つの拠点を確保すれば勝利となります。

一方でロシアの勝利条件は

 漢城を占領すること または 日本の軍港である横須賀、呉、佐世保、舞鶴のいずれかを占領すること

としてみました。これらの拠点のうちの1つを確保できれば勝利となります。ロシアの勝利条件はいわゆる歴史のIFなのですが、日本の戦争目的が朝鮮半島への勢力拡大であったことから、漢城が占領されるような事態になれば日本は諦めるだろうと思ってこのように設定しました。

また、陸軍と海軍を完全に切り離したかったので陸上拠点と海上拠点の間は経路がつながっておりません。シナリオ開始時、日本軍の部隊は全て日本国内に配備されておりますが、通常の移動手段では戦場である満洲へは渡れません。日本から満洲への移動はイベントを介して行われます。史実における上陸作戦のタイミングと場所をイベントで表現しています。たとえば、1904年2月には日本の近衛師団、第2師団、第12師団が仁川に移動(上陸)します。ロシア側の軍は初期状態で満洲に配備されているものの他はヨーロッパロシアなどロシア各地から輸送されてきます。輸送されてきたロシア軍部隊はハイラルに登場します。

観戦でゲームを進めるとたいていロシアが勝ちますが、プレイヤーが操作すれば日本でも十分勝利できるはずです(私も一度クリアしました)。日本でプレイする場合は、ロシアは陸軍が強いので前述のロシア勝利条件のうち唯一の地続きの拠点である漢城を占領されないように気をつけてください。海軍は日本の方が強いので日本の軍港が陥落するようなことは多分ないと思います。逆にロシアプレイの場合は漢城に主力を向けると良いのですが、観戦で見てみたら分かる通り、満洲から南下して朝鮮半島に向かう正攻法よりも、ウラジオストクの方から南下して漢城を狙う朝鮮半島東海岸ルートだと簡単に勝てます。COMはなぜかウラジオストク方面はほとんど防御しません。

もう一つ、オマケ的な機能ですが、日露戦争は第二次大戦や戦国時代に比べるといささかマイナーな存在であることは拭いがたく、日露戦争についてあまりご存じない方もいらっしゃるのではないかと思います。そこで、サンプルシナリオVer2.0の「戦国歴史メモ」のように日露戦争の経過について「日露戦争タイムライン」として簡単に表示するようにしてみました。少しは臨場感を味わっていただければいいなぁ、と思います。

あと、これは言い訳ですが・・・。シナリオ開始時点(1904年1月)で大韓帝国が日本の臣従国となっていますが、これはゲームシステム上、軍の通行権を与えるためには臣従するしかないためにこのような設定にさせていただいております。史実においては日露戦争開戦当時、大韓帝国は独立国であって日本に従属してはいません。また軍の通行権についても日露戦争の開戦は1904年2月8日ですが、大韓帝国が日本に対して軍の通行権を認めた「日韓議定書」は1904年2月23日です。つまり2月8日から2月23日までの期間における大韓帝国内での日本軍の作戦行動は明確に違法行為です。なお、「日韓議定書」の時点でもなお大韓帝国は日本に従属してはいません。国際的に大韓帝国が日本の保護国とみなされるようになるのは日露戦争終戦後の1905年11月17日の第二次日韓協約による外交権の剥奪を待たなければなりません。

 

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真田三代読了

新・歴史群像シリーズ10巻「真田三代」を読みました。
真田三代と言えば幸隆(幸綱)、昌幸、幸村(信繁)だと思いますが、なんとこの本では信幸(信之)も特集されています。一応、嫡流ですからね。
面白かった記事はいくつかありますが一つめは江戸時代の真田家の記事。幸村は大坂の陣で討ち死にしますが、嫡流の兄信之の子孫は信濃松代藩主として江戸時代を生き延びています。その松代藩真田家ですが、戦国時代にはさんざん徳川家康に逆らったにも関わらずなぜか譜代扱いだったんですね。幕府老中まで輩出しています。これには驚きました。まぁ、もっとも老中となった8代藩主幸貫(ゆきつら)は初代藩主信之の男系の子孫ではなく、江戸幕府8代将軍徳川吉宗の曾孫で真田家には養子で入った当主なんですけどね。
あとは真田三代人物事典も良かったです。なかには「ん?」と思うような人物も含まれていますが、真田一族のみでなく家臣団にまで筆が及んでおり、マイナーな人物もかなり載っており、知的欲求がかなり満たされると思います。

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